みーちゃん追悼

2010年5月12日 午前4:00 19年間一緒に生活していた家族(みー 雌猫 三毛 19歳)が天国へ旅立ちました。
気持ちの整理をするためにも、このページは少しずつ加筆していくつもりです。

墓標
うちの子のお墓です(右) お隣さんにもあげてます

みーちゃん遺影 2010/05/10 18:44 撮影 ありがとう、みーちゃん。
2010年5月12日 午前4:00 19年間一緒に暮らしていた「みー」(三毛猫♀19歳)が、天国へ旅立ちました。 今年の初めくらいまでは、ジャンプも出来たし、まだ大丈夫だと思っていたのに、 3月くらいからはトイレがうまくできなくなってきて、食欲もなくなっていき、食べても吐いてしまい、 GWくらいからは歩けなくなってきて介護が必要で、食べられなくなって、ガリガリになってしまいました。 こうなる前から何回か病院でも見てもらいましたが、歳も歳ですし、処方された薬を与えるだけでそれ以上は何もできませんでした。 11日、歩けず、体温も低下(肉球が凄く冷たい)、食べようとしない。それでも、ベーコンを鼻先に持っていったら、ちょっとだけ食べてくれました。これが最後でした。 もう時間が無いと感じていたので、11日の夜は、添寝をしようと思ったのです。 これが虫の知らせだったのかもしれません。 もうすぐお別れだね、ありがとう、という気持ちを、まだ意識があるうちに伝え、いつもより長い鼻キッス。 そして午前4:00 息苦しそうな咳に気づき目が覚め、そのまま回復することは無く、鼓動が遅く弱くなっていき、息を引き取りました。 涙は出ず、「ありがとう」「寂しい」「みーちゃん的に幸せだった?」という複雑で安らかな気持ちだったと思います。 すぐに2階で寝ていた家族に伝え、戻ってきたら時計は4:05になっていました。

12日は、庭に咲いているお花や大好きだった食べ物をお供えして、お線香を1日中あげ、家族皆でお通夜をし、お別れです。 いろいろ思い出して、何回泣いたか分かりません。鼻キッス。同じ部屋で寝ました。 13日、お棺(ダンボール)に入れて動物霊園に持ち込み、最後のお別れと、火葬・埋葬をお願いしてきました。 お花と、最後に食べていたドライフード、かつお節も入れました。 いまは、もう他の子たちといっしょに合同墓地に入っていると思います。 墓標ができたら、お墓まいりに行きます。

上の写真は、5月10日、亡くなる33時間16分前に撮影したものです。これが遺影となりました。 衰弱していたのに、夕飯に大好きなパックのお寿司が出てきたのに気づいて起きてきたのです。 少しマグロとかエビとかを食べてくれました。まともに起きたのは、これが最後だったと思います。 次の日は、体温も低下し、もう起き上がれませんでした。 でも、最後に大好きな刺身を食べて、そのままお腹に入れて持っていったので良かったと思います。 もう吐かなくて済みます。

ここ数日のことを思い返すと、いろいろ不思議なことが起きている気がしています。 亡くなった数時間後は今年最初の雷雨、でも次のお別れの日は快晴でした。 また、母がGW中にちょっとした事故で腰を痛めて、家にいるようになっていました。 これも、みーちゃんが最後の時間を一緒にいたかったからでは…。 そんな気がします。

みーちゃん 猫は人目に触れないところで死ぬといいますが、うちの猫はずっと飼い主のそばにいました。 最後も、たぶん私がお別れを言ったので、その時を悟ったのかもしれないです。 お墓をどこにするのかというのも、この前日にみーちゃんの前で家族で話していたのです。 猫も分かるのかもしれません。 数日前から覚悟はしていました。逝ったときの姿は、たぶん一生忘れないです。

去年の年末に公開したFLASHアニメは「みーちゃんがいなくなった」という設定で、本物のみーちゃんの声も使用しています。 思い返せば、これは私自身のみーちゃんを失う予感…といいますか不安の現れだったのかもしれません。 サイト名称「ミーキャット」は、みーちゃんのことなのです。 みーちゃんには沢山の思い出と共に、大切なことを教わりました。天使でした。

長い間、本当にありがとう、みーちゃん。安らかに。

( 2010/05/15 記載 )

トップページ

© 1998-2010 Miecat. All rights reserved.